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第6章 複雑な問題(新たな2つの壁)

 2016年2月、私は、ついに大学を卒業してから25年間勤め上げた会社を去った。決心をしてから、すでに1年近い月日が経っていた。

 退職する前に、できる限りの準備を行っていた。

 まず、私たちの技術を世界に発信する拠点として、KKテクノロジーズ株式会社を設立した。退職前であった為に、初代の代表は、電球を開発した北島にお願いした。彼は、私が退職するまでという条件で、快く引き受けてくれた。
 しかし、私は今までのサンプルや開発費などを、自分の貯金、そして既に友人から借りたりしていた為、会社を設立しようにも資本金に回せるお金は全く持っていなかった。そこで、最後に残されていた唯一の私の資産であった会社の持ち株を売却して、その300万円使って資本金とした。ここで完全に預貯金のない状態となる。

 ちなみに、KKという名前は、開発者の北島と私の二人のイニシャルをとって名づけたものである。2人のあの中国での感動を忘れないためにという思いからであった。
 また、“KK電球株式会社”ではなく“テクノロジーズ”という名前をつけたのは、電球以外にも、北島が持つ技術を一つでも多く世の中に出して行きたいという気持ちからであった。(そして、また世の中をあっと言わせるかもしれない開発を極秘裏に行っている。)

 続いて、世界最高の技術をさらに完全なものにするために、資金面の強化を行なわなくてはならなかった。というのも、過去にアマゾンなどでテスト販売を行っていた商品で、不具合が発生していたからである。しばらくの間、お客様より不良の連絡をもらい、真夜中に代替え品を発送する為に郵便局に駆け込むという日々が続いた。新規開発の商品においては、このようなことが絶対に起きないように、初期設計からしっかりと行う必要があった。(結局は、組み立てのばらつきによる放熱不足と、進行性の不良部品の混入であったが、それがわかるまでにかなりの時間を要した。)

 その費用を調達するために『世界一長寿命の電球を作りたい』という名目で、クラウドファンディングでの資金募集を行った。しかし、結果的には失敗に終わった。むしろ、募集のための動画作成費用などで大きな出費が発生してしまい、少ない資本金をさらに減らす結果になってしまった。(実は、このクラウドファンディングでの失敗は、のちに私たちを苦しめることになる、ある呪縛の序曲であった。)

 そこで、続く資金調達として、政府や東京都が実施する助成金への応募を行った。幸いいくつかの認可をいただく事ができた。これによって、日本でも開発、解析が可能になる設備器具を購入し、設計活動を推進することができた。
 しかしながら、補助金や助成金は、先に資金を準備し、かつ助成額の1/3から半分を自己負担しなくてはならない。その資金および活動資金として政府系の銀行などからの多額の借入を行い、それに充足させることとした。
 こういった活動によって、苦しみながらも徐々に真の長寿命LED電球の発売に向けての準備を行っていった。

 商品の開発は多額の費用を必要とする。商品の設計が終了した時点で、すでに資金は底をつきかけていた。私が、会社を去ってすぐにこのような状況の中にあった。
 明日をもしれないプレッシャーに押しつぶされそうであった。資金不足のために、自分の退職金から数ヶ月分の家族の生活費を残して、全部つぎ込むより他はなかった。私の人生において、夜眠れないということは今まで皆無であったが、さすがに夜眠れない日々が続いた。このまま終わってしまうのではないか、愛する家族を路頭に迷わせるのではないかと悩んだ。

 そして、このあたりから、常に私の前に立ちはばかる事になる2つの大きな壁が出現し、私を苦しめ続けることになる。

 一つ目の壁は、『実績』という大きな、大きな壁である。

 資金不足を解消する為に、改めて政府系の金融機関にお願いした。しかし、すでに『実績もないのに貸したのだから』と全く取り上げてくれる様子もない。一般の銀行は、全く取りつくシマもない。東京都の公社からあるプログラムの支援を受けており、それを介してお願いをしたりしたが、『実績がない』の一言で終わってしまう。
 そこで、活動の方向性を変え、投資家よりの資金提供を頼ることとした。ビジネスプランを策定し、ベンチャーキャピタル(VC)を回り、私の技術および事業性、そして、この技術が世界を変えるかもしれないという事を説明して回った。
 飛び込みの売り込みは、散々だった。WEBに応募しても返事はまず来ない。電話しても、面会までこぎつけられた会社は一社もなかった。
 実際に会えたのは、以前、新聞記事などで(日経新聞朝刊に長寿命LEDとして掲載された)連絡をくれたことがある会社と、人づてで紹介された一社のみという状態だった。そして、結果は、全て『NO』であった。後に出てくる1社を除いては。

 その『NO』となる主な理由は、2つであった。まず一つは、またしても『実績』の2文字であった。実績がないから投資できないというのである。逆に実績さえあれば投資はできるビジネスだと。日本の実績重視は、話には聞いていたが、まさか、未来に投資するベンチャーキャピタルにおいて、ここまで実績が重視されているとは思わなかった。

 そして、この活動でほぼ同時に私に襲いかかった2つ目の大きな壁は、『LEDは壊れない』という社会的な通念であった。これは、あったという過去形ではなく、『である』という現在形で表現すべきものであるかもしれない。この壁は、最初のクラウドファンディングの失敗の最大の原因であり、これを書いている現在でも、未だに大きな壁となって立ちはだかっているのである。
 投資判断をする人も含めた、ほとんど全ての人の認識が、

 「LEDは壊れない(もしくは、自分(=彼)が自宅で使っているLEDは壊れていない)」

 なので、私の電解コンデンサーレスの長寿命技術は、必要がない、もしくは、存在意義が極めて薄いというのである。実際に、市場でたくさんのLED電球が壊れているかもしれないけど、それは『たまたま運が悪かっただけ』『海外製の安物LEDを買ったから』などと考え、処理をしてしまっているのである。なぜなら、日本が誇る名だたる大企業が、『LEDは、10年も20年も持つ』と宣伝しているではないか。と言うところから来る心理である。
 こういった、通念が日本を覆っている中で、こんな小さな『実績もない』会社が、小難しい技術論議を振りかざしても、応援する気になれないのである。

 この認識は、以後、現在に至るまで常に私を悩まし続ける事になる。なぜなら、電解コンデンサーを使うことの弊害は、あまりに技術的すぎて、一般的には、あまりに難しすぎるのである。そして、その技術を否定するのに十分な社会的通念があり、信じるための動機があまりに薄すぎるのである。しかも、その立証には数年先まで待つ必要があり、今、判断しようにもそれは無理なのである。

 これは、LED草創期から現在に至るまで、大企業から小さな商社に至るまでありとあらゆる関係者が作り続けた通念であった。大企業は、テレビCMで、直接、間接的に長持ちの夢の電球を訴え続けた。20年光るとCMを流し続けた大企業もあった。大企業がそういうと、関係者も言い始める。関係者は、単価の高い商品を売る為に『一度買えば一生使えるからお買い得』との宣伝、営業活動に精を出した。そしてついにLEDは壊れないという通念が日本では出来上がった。(ちなみに海外では少なくともここまで強いLEDの長寿命に対する通念はない。大手企業の広告宣伝戦略の違いなのかもしれない)

 LED電球の中には、もれなく『寿命が決まっている』部品が組み込まれている。それだけ聞くと、何のことかわからないのだが、『寿命が決まっている』というのは、『ある時間が来たら寿命が来る=壊れる』ということである。それが、電解コンデンサーという部品である。ちなみに、電子部品でわざわざ寿命の時間を書いているものなどなく、それをわざわざ記載しなければいけないほど、この商品は、長期使用には向いていないのである。
 その上、この部品は熱に極めて弱いのである。周囲温度が10度上がると寿命が半分になるという特性を持っている。そして、LED素子は、通常100度を超える高温まで上昇する。そんな過酷な温度環境で使用される商品が、一生使えるというのは、明らかに誇大広告としか思えない。
 そんな社会の歪みを修正したいという願いで事業を始めたまでは良いのだが、見事に、自らその歪みに最初からはまってしまい、身動きが取れなくなってしまったのである。

 ここにきて、完全に進退窮まるのである。活動しようにも全く資金がなく、ものを作る事も、市場に紹介する事も何もできないのである。
 船出をしたものの、振り返れば出港した港の景色がはっきりと見えるくらいの距離で、すでに沈没船に近かった。